「ゼロ成長でも絆があれば豊かに生きれる」みたいな議論はヌルくて好きになれない…。
でも勝間和代的な「勝ち組になって年収10倍アップ」も説教くさくてイヤだなぁー。
そんな方にぜひ読んでいただきたいのが、
坂口恭平さんの『
TOKYO 0円ハウス 0円生活』(河出文庫、2011年)です。
著者の坂口さんは建築家。なのですが…。
そのスタイルは僕らがイメージする「建築家」とは全く違っておもしろい。
大きな建築物をつくることには興味がない。
図面をきっちり引いたり、精巧な模型をつくることにも熱心になれない。
彼は名門で知られる早稲田の建築学科の出身。
だけど在学時代やっていたことは他の学生とは全然違ったようです。
ある日大学で「都市の再生」という課題が出たときのはなし。
既存の建物を選んでそれを改築、増築するという課題です。
坂口さんが目をつけたのは、廃墟となったマンションの貯水タンク。
坂口さんはこれを改築する、のではなく、
「ここにただ住む」というパフォーマンスをすることにした。
貯水タンクに、水と食料と発電機を持ち込み、その様子をビデオカメラに撮影。
周りの学生が図面や模型を提出するなか、映像を授業の課題として提出しました。
卒業論文では「路上住宅の百科事典」をつくったそう。
ホームレスの人たちの「棲家」を訪ね、
彼らと会話をしたり一緒に行動したりする。
そのなかで「棲家」の設計や彼らのライフスタイルを調べたようです。
(この卒論はのちに『
0円ハウス』という本になりました)
★★
本書はこの卒論後、さらにフィールドワークを重ねてつくられた、
卒論の続編ともいうべきものです。
主役は「鈴木さん」という隅田川沿いの路上住宅に住むおじさん。
いわゆるホームレスなんですが…。
その生活は一言でいうと「豊か」です。
鈴木さんの家。ライトがあり、テレビがあり、ラジオがある。
定価1万五千円の高級鍋もある。簡易な風呂もある。なんでもある。
挙句の果てに、一緒に住んでいるパートナーの女性までいる。
すごい。すごすぎる。
家にあるものはすべて鈴木さんが拾って集めてきたもの。
電気はガソリンスタンドからもらってきた自動車用バッテリーでまかなう。
まさに本のタイトルにあるような「0円ハウス」。
ごはんは毎日3食、自炊をしてしっかり食べる。
毎日、焼酎を飲む。たばこも吸う。
こんな生活を川沿いに立てたビニールハウスで送ることができるんですね。
★★
鈴木さんの収入源はアルミ缶集め。
月に5万円近く稼ぐそう。
毎日6時に起きて、7時〜9時までアルミ缶を拾う。
さらに昼寝をしてから、夜8時〜1時近くまでまたアルミ缶を拾う。
これをほぼ毎日こなす。勤勉。
アルミ缶回収の方法もとても効率的で洗練されています。
みんなが集中する自動販売機やコンビニのゴミ箱は見ない。
毎日どこのエリア、どこのお店でアルミ缶が出るのかを把握しているのです。
そのうえで綿密な計画を立て、パートナーとうまくエリアや回収時間を分担する。
鈴木さんは、戦略性と合理性を兼ね備えた方ですね。
僕の師匠である
上山信一がホームレスになったらこうなりそうです(笑)
さらにすごい鈴木さんのエピソード。
鈴木さんがアルミ缶回収に使うピカピカの自転車。
これは毎日川沿いを走っていた会社員に貰ったそう。
アルミ缶回収のときに挨拶をして顔見知りになったら、
彼がサウジアラビアに転勤するときに家族三人で挨拶に来て、
自転車と判子が付いた「自転車譲渡証明書」を持ってきた。
「絶対帰ってくるからそのときまで頑張ってください」と言われたんだって!
物語のような話です。
鈴木さんはお店やホテルの従業員さんや主婦と仲良くなり、
ゴミとして出たアルミ缶をとっておいてもらうことができる。
交渉の時は全部正直に、「私はこれで生計を立てていますので、もしもよろしかったら、ここのアルミ缶を毎回ください」と言う。
絶対に盗みはやらない。禁止されていることはやらない
誠実な人だー。
鈴木さんはこんな人柄なので、警察や河川を管理する国交省の職員とも仲良くなる。
少年に家をいたずらされたら警察がすぐに対処してくれる。
月に1度川に検査にきて、住宅の撤去を命じる国交省の役人も、
鈴木さんの前では申し訳なさそうに作業をする。
鈴木さん、あなたは何者なんですか(笑)
★★
本の中で、鈴木さんが
「工夫して暮らすことがとてもおもしろいからこの生活をしている」
「コンクリートの家には住みたくない」
ということを言っています。
著者の坂口さんはこの言葉を受けて、
「これらの言葉は、金銭的な価値を基準にした生活ではなく、人間的な生活をおくるために0円生活をやっているようにも取ることができる」
といっています。
僕は「金銭的な価値を基準にした生活」が「人間的な生活」でないとは思いません。
でも、鈴木さんの「工夫して暮らす」という生き方は豊かな生き方だと思います。
彼は自由で、自分の生活に納得して生きているように見えます。
それは直感的に良い生き方だなぁと思います。
河川敷の国有地に住むことは違法だし、
彼を迷惑に思っている人も少なくないかもしれない。
それでもこの本の読者は鈴木さんの生き方を肯定したくなるでしょう。
でもよくよく考えてみると、鈴木さんみたいな人ってもともとどうやったって良い生き方をできるのではないか、とも思うのです。
鈴木さんは仕事ができるし、誠実だし、コミュニケーション能力が高い。
こんな人がホームレス生活してるというのは、超レアケースだと思います。
鈴木さんが会社を興したら成功できたのではないでしょうか。
仕事がちゃんとできなくて、不誠実で、コミュニケーション能力が低い、鈴木さんの逆のような人がホームレスになってしまう。
僕はこの本を読み、ホームレスとして「豊かな」暮らしができる鈴木さんは、とっても強い人で、このように生きれる人はやはりごくごく少数なのだろうなぁという「厳しい」現実を目の当たりにした気分になりました。
★★
でも、このような感想を持つことと、この本がとてもおもしろく重要な作品であることとは別の問題です。
坂口さんが鈴木さんと信頼関係を築き、丹念なフィールドワークを重ねて、鈴木さんの快適な「0円ハウス」と豊かな「0円生活」を描き出したのは本当に見事です。
この本には僕らが見ておいたほうがいい「もうひとつの日本」が描かれています。